韓国の豆腐と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。熱々に煮えたぎった真っ赤なスープの純豆腐チゲ?それとも、薬味がたっぷりかかっている生豆腐?
私の頭に浮かぶのは料理の豆腐ではなく、出所者が食べる豆腐である。韓国では、刑務所などから出所した人に豆腐を食べさせる風習がある。韓国ドラマではお馴染みだが、出所者が迎えの人から受け取った白いものを食べる場面を初めて見たときは、何を食べているのか想像がつかなかった。もちろん、小説にもよく登場する。『鯨』では、チュニが出所するときに豆腐を食べる。
그녀는 앉은자리에서 뱀 한 마리를 천천히 다 먹어치웠다. 뱀의 위에서 나온 개구리도 물에 헹쿼 마저 입에 넣었다.
오랫동안 비어 있던 뱃속에 육기가 들어가자 곧 내장이 뒤틀리며 구역질이 치밀었다. 교도소 입구에서 어느 노파에게 두부 한 모를 얻어먹은 이후, 실로 아흐레 만에 처음으로 음식물이 들어갔으니 당연히 그럴 법도 했다
『고래』
彼女はその場で1匹のヘビをゆっくりと平らげた。ヘビの胃から出てきたカエルも、水でゆすいでいっぺんに口に入れた。
ずっとぺこぺこだった空き腹に肉が入ると、すぐに内蔵がよじれて嘔吐感がこみ上げてきた。刑務所の入口でとある老婆から豆腐を1丁もらって食べて以来、実に9日ぶりにやっと食べ物が入ってきたのだから、至極当然のことだった。
『鯨』
この風習の謂われは何か。豆腐のように真っ白な気持ちでやりなおすため、刑務所の食生活が貧しいから良質のタンパク質を補うため、などと言われているが、朴婉緒(パク・ワンソ)の見方は少し違う。
『豆腐――朴婉緒散文集』(朴婉緒、チャンビ、2002)の表題作にもなっている「豆腐」は、出所者に食べさせる豆腐を題材としたものだ。
金大中前大統領の就任式をテレビで見ていた著者は、参列する政治家たちの顔の変化をじっくり観察する。全斗煥前大統領の顔をみつけたとき、彼が恩赦を受けて出所したときのことを思い出す。
出所者に豆腐を食べさせる謂われについて、著者は、「刑務所に入る」ことを韓国では「豆ご飯を食べる」とも言い、豆腐は豆が溶けて作られ2度と豆に戻らないことから、2度と刑務所に入らないように(韓国語では「溶ける」と「容疑が晴れる」は同じ単語・풀리다)という願いや戒めを込めているという。いつ頃からの風習か定かではないが、独立運動家も民主闘争家も、窃盗犯もみな同じように食べてきた。伸びきった口髭に白い豆腐のかすをつけながら誇らしげに豆腐を食べ、胴上げされる出所者。食堂の片隅で自分を恥じながらひたすら豆腐を食べる若者。いろいろな姿があるが、1丁の豆腐に頭を垂れ自己嫌悪に陥りながら食べる姿がとても感動的だとする。
存命中の大統領経験者の中で最も多くの人に豆腐を食べさせたという全前大統領は、マスコミや支援者らに華々しく迎えられただけで豆腐を食べなかった。全前大統領だけではない。出所する政治家など権力者の大部分は豆腐を食べない。味のない豆腐に自分を恥じる苦みがあることを経験しないから、国民に愛される権力者がいないと著者は指摘する。
豆腐から垣間見た韓国社会はとても複雑だ。何の変哲もない豆腐だけれども、出所者が食べる豆腐には時代により、状況により様々な思い、意味が込められている。チュニはどんな思いで豆腐を食べただろうか。
法務文書、会計文書、技術文書等の韓日実務翻訳に携わる。月に1回、韓国文学を読む会に参加して、韓国文学を楽しんでいる。